退職金の振込額を見て、思っていたより少ない、と感じることがあります。そうなるのは、たいてい、退職前に書類を1枚提出していなかったときです。そして、手取りの額そのものを決めているのが勤続年数です。
以前、転職の記事で退職金の計算式だけを書きました(転職で収入は3分の2に。それでもライフプラン表が作れるようになった話)。今回はその式に金額を当てはめて、いくら変わるのかまで書いていきたいと思います。数字はすべて2026年8月時点で確かめたものになります。
先に、いちばん取りこぼしやすい書類のことから
「退職所得の受給に関する申告書」は、退職金を受け取る前に出す書類です。出す先は税務署ではなく退職金を払う会社、期限は「退職手当等の支払を受ける時までに」。出さなかった場合を、国税庁はこう書いています。
国内において退職手当等の支払を受ける居住者は、この申告を行わなければなりません。この申告を行わない場合は、その退職手当等の金額につき20.42%の税率による源泉徴収が行われることとなります。
国税庁 A2-29「退職所得の受給に関する申告(退職所得申告)」
20.42%は、控除を引く前の全額にかかります。あとで説明する計算なら5万円で済む人でも、この書類を提出していなければ、いったん245万円が引かれることになります(退職金1,200万円の場合)。確定申告すれば戻りますが、戻ってくるのは翌年です。収入が止まっている時期に、240万円が手元にあるかないかでは大きな違いが生じます。退職の手続きの書類を受け取ったら、この名前のものを最初に確かめてみてください。
この書類は、出せば終わりではありません。ほかの会社から退職金を受け取っていたり、確定拠出年金の一時金を受け取っていたりする場合は、それを書く欄があります(B〜E欄。確定拠出年金の一時金は、C欄で「老齢給付金として支給される一時金」として扱われ、金額はE欄に書きます)。勤務先は、ほかで受け取ったお金を知ることはできません。書かなければ、勤続年数だけで計算されます。
退職金の税金は、この3段階で決まります
- 退職金の額から、退職所得控除額を引く
- 残った額を、半分にする
- その額に税率をかける(所得税と住民税、それぞれ)
根拠は所得税法第30条第2項です。給与と違うのはほかの所得と切り離して計算する点(分離課税)で、同じ年にどれだけ給与があっても、退職金の税額は増えません。1で引く退職所得控除の額は、勤続年数で決まります。
勤続20年を超えると、1年あたりの控除額が40万円から70万円に増えます
(略)勤続年数が二十年以下である場合 四十万円に当該勤続年数を乗じて計算した金額
勤続年数が二十年を超える場合 八百万円と七十万円に当該勤続年数から二十年を控除した年数を乗じて計算した金額との合計額
所得税法 第30条第3項
勤続年数は1年未満は1年に切り上げます。10年2か月なら11年です(国税庁 No.1420)。また、こうして計算した控除額が80万円に満たないときは80万円になります(所得税法第30条第6項第2号)。勤続1年でも、退職金80万円までは税金がかかりません。
ただ、そもそも退職金が出ないこともあります。退職金は、法律で義務づけられた制度ではありません。労働基準法にあるのは、「退職手当の定めをする場合においては」就業規則に書くこと、という決まりだけです(第89条第3号の2)。退職給付の制度がある企業は74.9%。自己都合でやめるとき、退職一時金を受け取るのに必要な勤続年数は「3年」とする企業が最も多く、57.0%です(退職金を社内で用意している企業のうち。厚生労働省 令和5年就労条件総合調査 第32表)。勤続年数の数え方より先に、勤務先の退職金の規程に何年と書いてあるかを確かめてみてください。

| 勤続年数 | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 10年 | 400万円 |
| 20年 | 800万円 |
| 21年 | 870万円 |
| 30年 | 1,500万円 |
| 40年 | 2,200万円 |
同じ退職金で比べます。前提は退職金1,200万円、役員ではない従業員、申告書は提出済み、ほかの退職金やiDeCoの受け取りはなしです。
- 勤続23年(22年3か月を切り上げ)……控除額は800万円+70万円×3年=1,010万円。残り190万円の半分95万円が課税の対象で、所得税と復興特別所得税48,497円、住民税95,000円。合わせて約14万円。
- 勤続20年(19年8か月を切り上げ)……控除額は40万円×20年=800万円。残り400万円の半分200万円が課税の対象で、所得税と復興特別所得税104,652円、住民税200,000円。合わせて約30万円。
同じ1,200万円でも、勤続年数が3年違うだけで税額が約16万円変わります。

退職日を選べる場面は多くないかもしれませんが、勤続20年をまたぐ時期なら、日付を確かめる価値があります。
20.42%が引かれるのは所得税だけ。住民税は10%のままです
先ほどの勤続23年・1,200万円で並べます。
| 申告書を提出した場合 | 提出しなかった場合 | |
|---|---|---|
| 所得税+復興特別所得税 | 48,497円 | 2,450,400円 |
| 住民税 | 95,000円 | 95,000円(変わりません) |
住民税には、所得税の20.42%にあたる仕組みがありません(地方税法第328条の6第2項)。20.42%が引かれるのは所得税だけです。退職金の住民税は分離課税の10%で、支払われるその場で引かれて終わります。ふだんの住民税のように翌年6月からの支払いに回ることはありません(同第328条の4)。
出し忘れた分は、あとから申告して精算します。この還付の申告は、確定申告の期間(2月16日〜3月15日)とは関係なく、その年の翌年1月1日から5年間いつでも出せます(No.2030)。5年を過ぎると出せなくなり、引かれたままになります。
障害が原因で退職したときは、控除に100万円が足されます
障害の状態になったことが直接の原因で退職した場合、退職所得控除に100万円が加算されます(所得税法第30条第6項第3号)。条件は在職中に障害の状態になったこととその日以後ほとんど勤務していないことの2つです(所得税法施行令第71条)。
控除が100万円増えると、課税の対象は50万円減ります。申告書に「一般・障害」を選ぶ欄があり、本人が○を付けて申告します。勤務先は、それをもとに計算します。
なお、税金の100万円加算とは別に、会社の退職金の規程のほうにも割増が定められていることがあります。法律で決まっているものではないので、あるかどうかは会社によって違います。退職金の規程をよく確認するようにしてください。
働けなくなったときのお金に関しては、別の記事をご確認ください。病気で働けなくなったとき、「1年6か月」は2回あります
「半分にする」が使えない場合が2つあります
勤続5年以下の一般の従業員(短期退職手当等)は、退職金から控除を引いた額のうち、300万円を超える部分を半分にできません(所得税法第30条第2項・第4項。令和4年1月1日以後に支払われる退職金から)。また、役員等としての勤続年数が5年以下の人(特定役員退職手当等)は、最初から半分にできません(同第2項・第5項)。
iDeCo・企業型DCを一時金で受け取ると、控除を分け合う形になります
一時金で受け取るなら、退職金と同じ退職所得控除を使います。ただし両方ぶんが別々にもらえるわけではなく、会社に勤めながら加入していた期間の重なりは、控除の計算から差し引かれます(所得税法第30条第6項第1号、施行令第70条第1項第2号)。

調整を受けずに済ませるには間隔が必要になります。確定拠出年金の一時金が先なら10年、退職金が先なら20年です(同第70条第1項第2号)。前者の10年は、2026年1月以後に受け取る確定拠出年金の一時金からです(それ以前に受け取ったものは5年のままです)。60歳が近づいたら、退職金の見込み額と確定拠出年金の残高、受け取る時期を並べて書き出してみてください。受け取り方そのものは、別の記事で触れたいと思います。
会社都合か自己都合かで、退職金の税金は変わりません
所得税法第30条には、会社都合か自己都合かで計算を分ける規定がありません。大きく変わるのは、雇用保険の基本手当と国民健康保険料です。会社都合で退職したら、国民健康保険は前年の給与所得を3割とみなします
まとめ
- 申告書を出さないと、退職金の全額に20.42%の所得税が引かれます。出す先は勤務先、期限は退職金を受け取る時までです
- 勤続20年で段差があります。20年までは1年あたり40万円、21年目からは1年あたり70万円です
- iDeCo・企業型DCを一時金で受け取るなら、順番と間隔で控除が変わります。確定拠出年金を先に受け取った場合、次に退職金を受け取るまで10年あいていれば、控除は差し引かれません(2026年1月から。それまでは5年でした)
- 確かめる先は、申告書と勤続年数の数え方は勤務先の人事・総務、確定拠出年金の受け取り時期は運営管理機関、多く引かれた分の精算は税務署です
退職の時期には、健康保険も決めなければなりません。任意継続は退職日の翌日から20日以内で、過ぎると選べなくなります。退職後の健康保険の切り替え。20日で選択肢がひとつ消えます
退職金は、人生で数回しか受け取らないお金です。書類を1枚提出するかどうかで、いったん240万円多く引かれることがある、という一点だけでも、退職の前に思い出していただければと思います。
退職・休職とお金の記事
この記事は、退職や休職のときのお金をまとめた9本のうちの1本です。あわせてどうぞ。
- 退職後の健康保険の切り替え。20日で選択肢がひとつ消えます
- 傷病手当金と障害年金。病気で働けなくなったとき、「1年6か月」は2回あります
- 高額療養費に年間上限ができました。8月から翌年7月で数えて、53万円で止まります
- 休職中の社会保険料は会社が立て替えます。復職した月の給与が、ほとんど残らないことがあります
- 会社都合で退職したら、国民健康保険は前年の給与所得を3割とみなします。任意継続との差は年25万円
- 休職中の住民税が払えないときは、1年待ってもらえます。出ていくお金を減らす5つの申請
- 傷病手当金と失業給付は、同時には受け取れません。受給期間は4年まで延長でき、順番に使います
- 転職・退職をすると、iDeCoは届け出が必要になります
この記事で確認したこと(出どころ)
すべて2026年8月26日に確かめました。
- 国税庁 タックスアンサー No.1420「退職金を受け取ったとき(退職所得)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1420.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.2732「退職手当等に対する源泉徴収」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2732.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.2735「同じ年に2か所以上から退職手当等が支払われるとき」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2735.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.2741「同じ年に一般退職手当等のほか、短期退職手当等や特定役員退職手当等がある場合」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2741.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.2260「所得税の税率」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2260.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.2030「還付申告」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2030.htm
- 国税庁 A2-29「退職所得の受給に関する申告(退職所得申告)」 https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/gensen/annai/1648_37.htm
- 国税庁 退職所得の受給に関する申告書(様式。A〜D欄と「確定拠出年金法に基づく一時金」の欄) https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kobetsu/hojin/010705/pdf/0025007-004.pdf
- e-Gov法令検索 所得税法 第30条(退職所得) https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000033
- e-Gov法令検索 労働基準法 第89条第3号の2(就業規則の作成及び届出の義務) https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
- 厚生労働省 令和5年就労条件総合調査(退職給付制度がある企業割合74.9%、退職一時金の受給に必要な最低勤続年数) https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/23/
- e-Gov法令検索 所得税法施行令 第69条・第70条・第71条 https://laws.e-gov.go.jp/law/340CO0000000096
- e-Gov法令検索 地方税法 第50条の2〜第50条の4、第328条の2〜第328条の6 https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000226
- 厚生労働省「iDeCoの概要」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/nenkin/kyoshutsu/ideco.html
- iDeCo公式(国民年金基金連合会)「iDeCoの加入資格・掛金・受取方法等」 https://www.ideco-koushiki.jp/guide/structure.html

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